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あの名車も遂に!2019年に販売が終了したクルマを振り返ろう!

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毎年次々と新車やニューモデル車が発表されている反面、長年続いてきた車の歴史にピリオドを打ち販売終了となる車もあります。
一部のユーザーや代々乗り継いできた方にとっては非常に悲しいお知らせではありますが、メーカーの事情などを考えるとしょうがない部分もあるのかもしれません。
そこで今回は2019年に姿を消した5つのクルマの歴史や生産終了となった理由を筆者独自の考えを交えながらご紹介できればと思っております。

1. 2019年に姿を消したクルマたち5選

トヨタ「マークX」2代目 X13#型

トヨタ「マークX」2代目 X13#型
トヨタ「マークX」2代目 X13#型出典:トヨタ自動車株式会社

ご存知の方も多いと思いますがマークXはマークⅡ(兄弟車含む)の後継車として2004年に販売を開始しました。
未知なる可能性に挑むという想いの込められたマークXは、2003年にフルモデルチェンジされた12代目クラウンS18#型(通称ゼロ・クラウン)から採用された新たなプラットフォームを取り入れ、さらなる走行性能や安全性能を求めるための挑戦を始めました。

前モデルのマークⅡ(兄弟車含む)はどちらかというとエクステリアのインパクトが薄く、中高年受けを狙ったデザイン感という印象もあり、若者世代は遠慮しがちでした。
もちろん一部の若者の間では100,110系チェイサー・マークⅡのターボモデルに、ホイールやマフラー・エアロなどを装着しカスタム車として、あるいはレース車・ドリフト車として走りを楽しむために乗っていた人もいますが、全体的には中高年向けの車というイメージをぬぐい切れなかったと思います。

そんな状況を打破するためにマークXは、エクステリアのインパクトを強めスポーツセダンとして売り出すために大幅な改良を加えてきました。
また正式な商品発表を行う前にテレビCMを流すティザー広告を打ち出すことにより(「X」の文字をマークXに見立て道路を走っているようなCM)「どんな車なんだろう」「早く全体像が見たい」など消費者の購買意欲を引き立てる戦略も実施されました。
その甲斐もあり販売当初は年間売り上げ台数が6万台を超え、当時の月別新車売上ランキングでも20位前後を年間通してキープするなど好調の滑り出しを見せました。

しかし年を重ねるごとに販売台数が減少していき2009年にはフルモデルチェンジした2代目 X13#型を販売するものの、思うように販売台数が伸びず2015年には年間で約8,200台まで落ち込みました。
その後も特別仕様車やコンプリートカー、マイナーチェンジを行いテコ入れを図るものの、劇的な売り上げ回復にはつながらず2018年の販売台数は約4,100台となり、翌年の2019年に生産終了が決まりマークⅡから51年続いた歴史に幕を下ろすことになりました。

なぜマークXは生産終了に追い込まれたのか

半世紀以上に渡りトヨタの看板商品として販売されてきたマークⅡ・Xの生産が終了したことは筆者も残念でしたが幾つかの理由も思い当たります。

最大の要因はカムリなどの比較的系統が似た車、もしくはライバル車がトヨタの中に存在したことだと思います。
国内市場に目を向けるとカローラ・カムリ・マークX・クラウンとメジャー車が並び、それぞれの個性やターゲットはあるものの、販売金額だけで勝負しようと思うと難く他の3車種に勝てる決定的な何かが欲しいところです。
またこれまでマークXはトヨペット店のみで販売されていましたが、2020年5月から4つの販売店(トヨタ店、トヨペット店、カローラ店、ネッツ店)が一つに統合され、どこの販売店でも購入できるようになります。(マークXだけでなくすべての車種が対象)
するとこれまではマークXを買うならトヨペット店、クラウンを買うならトヨタ店と販売分けされていたものがなくなってしまい、車種の差別化がしにくくなります。
結果としてクラウンとマークXを比べたときに、ネームバリューや人気度はクラウンのほうが格段に高いためマークXが不利になってしまうのです。

世界ではどうでしょうか。マークXは国内販売のみが行われていた車ですが、対するカムリは世界中で販売されているグローバルカーです。
数字だけで見るとカムリの月間販売台数は世界平均5.3万台で、年間にすると60万台近くが販売されており、カムリの1カ月の販売台数でマークXの年間販売台数を優に上回ります。
当然トヨタとしては販売利益を出せる海外でも通用する車の生産に力を入れるわけであり、国内で年々販売台数が減少しているマークXも海外進出させるという判断には至らなかったようです。
国内市場で顧客を獲得できず国外でも既に人気車種がある以上、マークXの販売終了は納得がいく理由だと思います。

もう一つの理由としてはマークⅡに設定されていたターボモデルを廃止したことだと思います。
マークⅡ時代からターボモデルには少ないながらも一定の需要があり、マークXでもその需要は変わらなかったでしょう。
どの世代にも車好き・走り好きという消費者はいるのに、そういった方のニーズを満たすことができなくなったのでマークXを購入するという選択肢は消え、他車を購入する流れになったのではないかと思われます。

トヨタ「エスティマ」3代目

トヨタ「エスティマ」3代目
トヨタ「エスティマ」3代目出典:トヨタ自動車株式会社

1990年に斬新なデザインのミニバンとして発売され「天才タマゴ」というキャッチコピーで一世風靡しました。
ミニバン=箱型というイメージを持っていた人が多かった当時、全体的に丸みを帯びたデザインが多くの人の目に留まりました。
インテリアも大きく湾曲したダッシュボードやエンジンを横向きに搭載することで低重心化に成功し、走行性能や居住空間の広さ等これまではあまりなかったタイプの車としてデビューしました。
発売当初は3ナンバーサイズで価格や大きさの点で遠慮していた人が多かったようですが、1992年に5ナンバーサイズも導入することにより、これまで購入を控えていた人の心をつかみ瞬く間に人気車種となりました。

2000年には丸みを帯びたフォームを維持する形で2代目が誕生し、フロントにエンジンを配置したり駆動方式をFFに変更するなどの改良を続け、その年の新車販売台数第3位(約12万2千台)を獲得する功績も残しました。
2001年にはミニバンでは初となるハイブリッド車の販売も始め時代の先駆けとして自動車業界をリードしてきました。
2006年に3代目を発売しましたがライバル車との差を埋められなかったことや販売店統合に伴う調整により2019年に販売終了となりました。

なぜエスティマは生産終了に追い込まれたのか

大きな要因の一つはマークXの場合と同様、販売店の統合による車種の調整でしょう。
加えて現在勢いのあるアルファード・ヴェルファイアにミニバンとしての立ち位置を奪われてしまい、販売を続ける理由が薄くなってしまったと考えられます。
その兆候は2015年に表れていました。アルファード・ヴェルファイアはエスティマと同じプラットフォームを使用し2015年に現行型へのフルモデルチェンジが行われましたが、エスティマは現状維持でした。
もしエスティマを存続させる予定があったなら、この機会にエスティマもフルモデルチェンジしても良かったはずなのにそうしなかったということは、すでにトヨタの幹部の中では将来的にエスティマの生産を終了することも考えていたのかもしれません。

もう一つの理由はライバル車であるホンダ「オデッセイ」の存在です。
1994年に初代モデルが発売されましたが、ミニバンなのにスライドドアを採用しなかったこと、コラムシフトを装備したりタコメーターを標準装備しなかったことなど、当時のミニバンにはないプロポーションが多くの人の目に留まることになり大ヒットしました(1カ月平均で1万台少々)。
また2003年に発売された3代目オデッセイは、ミニバン界で優位に立つためにホンダが打ち出していた低床設計をフルに活用したモデルとなり、立体駐車場も利用できる1550mmに全高を抑えたこともユーザー獲得に貢献したと思われます。

このように社内戦略やライバル車の存在に太刀打ちできなくなりエスティマの生産終了が決まったと予想できます。

フォルクスワーゲン「ザ・ビートル」(3代目)

フォルクスワーゲン「ザ・ビートル」(3代目)
フォルクスワーゲン「ザ・ビートル」(3代目)出典:フォルクスワーゲングループジャパン株式会社

ドイツの自動車メーカーであるフォルクスワーゲン(VW)により1938年に製造された車(初代の車名はタイプ1)で、エクステリアがカブトムシに似ていることから「ビートル」とも呼ばれ世界中の人々から人気を集め、現在までそのエクステリアが受け継がれてきました。
累計生産台数は2,152万台以上(1938-2003年)という世界最多の記録を持っている、誰もが知っているといっても過言ではない車です。
これまで2回のモデルチェンジが行われてきましたが、いずれも初代ビートルのエクステリアを活かしながら製造されてきました。

なぜビートルは生産終了に追い込まれたのか

累計生産台数の世界最多記録を持ち、約80年の間世界中の人々に愛されてきたビートルはなぜ生産週になるのでしょうか。2つの理由を考察してみましょう。

ライバル車の存在

ビートルのリバイバルカー(昔に製造された車のエクステリア(特徴)を保ちながらニューモデルとして製造された車。ザ・ビートルでいえば、初代タイプ1をリバイバルしている)のライバル車と言えば、1959年にイギリスで製造開始されたMINIが思い浮かびます。
丸いヘッドランプとフロントグリルに特徴があり、だれが見てもMINIだと分かるほどに特徴的なエクステリアになっています。
長らくMINIは2ドアモデルしかありませんでしたが、時代の変化に合わせる形で5ドアモデルの販売も開始すると、2ドアタイプを避けていた人たちを囲い込むことに成功しMINI人気に拍車がかかり販売台数でビートルとの差を広げることになりました。

一方でビートルはボディの造形そのものを特徴としていたため、形状を変えてしまうとそれはビートルではなく別の車となってしまい5ドアモデルを製造しようと思ってもボディの形が崩れてしまうため、製造できなかったというのが本音かもしれません。
ビートルは車名も有名ですが、カブトムシに似たボディの車はビートルというイメージを持っている人も多いため、その印象を崩してまで5ドアを作ろうとは思わなかったのでしょう。

結果として市場拡大の希望が見えなくなってきたため生産終了に踏み切ったのかもしれませんが、ビートルが今でも日本人から愛されていることを象徴する出来事として、生産終了の発表があった時に別れを惜しむ人たちがディーラーに押しかけ販売台数が前年同期比で31%増える現象も起きました。

旧型のプラットフォーム

ザ・ビートルに使用されているプラットフォームは1世代前の旧タイプとなり、現在フォルクスワーゲンが販売を推し進めている「ゴルフ」や「ポロ」とはプラットフォームの形状が異なっています。
プラットフォームが異なるということは、別の製造ラインを準備して生産する必要があり効率化を図る上では大きな問題となったり、最新技術を装備できない障害も併発するためメーカーとしては、できる限り同じプラットフォームを使用して幾つかの車種を販売したいという思惑があります。

ビートルが今でも爆発的な人気があるなら別ですが、年間数万台しか売り上げ見込みがない車のために別ラインを用意して生産を続けるのはコスパが悪いとメーカーが判断したため、この段階で生産終了となったのかもしれません。

日産 「キューブ」3代目(Z12 / NZ12型)

日産 「キューブ」3代目(Z12 / NZ12型)
日産 「キューブ」3代目(Z12 / NZ12型)出典:日産自動車株式会社

「アソブ、ハコブ、キューブ。つまり、コンパクトでハイトなワゴン。」をキャッチコピーに、室内空間の広さをアピールした形で1998年に発売開始となりました。
発売初年度はわずか10カ月で生産台数10万台を突破する大ヒットを記録し、5ナンバーサイズなのに空間を広々使えるタイプの車の出現に多くの人が反応しました。
その後も空間スペースを確保する改良を重ねたり、1.4Lの小排気量なのに3列シートで7人乗れる新しいタイプのモデルを投入することでも話題を集めました。

なぜキューブは生産終了に追い込まれたのか

ジャンル別に分けるとキューブはコンパクトワゴンに分類されますが、トヨタ「ルーミー」、スズキ「ソリオ」、ホンダ「フリード」などのライバル車が存在し、もう少しジャンルを広げると日産「ノート」、トヨタ「アクア」、ホンダ「フィット」など5ナンバーで1.5L前後の排気量車もライバル候補となります。

このようなライバル車がたくさんいる中でキューブが持つ個性や強みが徐々に薄れていき、2017年間販売台数は1万台を下回り2019年には4千台近くまで減少し、このまま販売してもメリットはないと判断されたため生産終了なったと考えられます。

三菱「パジェロ」(4代目V83・87・88・93・97・98W型)

三菱「パジェロ」(4代目V83・87・88・93・97・98W型)
三菱「パジェロ」(4代目V83・87・88・93・97・98W型)出典:三菱自動車工業株式会社

「三菱と言えばパジェロ」と三菱自動車の広報担当者は語ったように、三菱自動車社員のみならず一般の人たちにも広く認知されている事実だと思います。
パジェロは1982年に発売が開始され、オフロードでの高い悪路走破性を持ちながら街乗りでは乗用車感覚で乗れるオフロード4WD車としてSUVカテゴリーをけん引してきました。
1991年に登場した2代目には世界初となるスーパーセレクト4WD(フルタイムとパートタイムの両方式の長所をあわせ持つ機構)やマルチモードABSを搭載するなど、どんな道でも走行できる力を持ち合わせ、現在に至るまで独自の技術に磨きをかけ続けてきました。

パジェロの知名度を上げたのは独自技術だけではありません。
「パリダカ」の愛称で親しまれており世界一過酷なモータースポーツ競技とも言われる、「パリ・ダカールラリー」に参戦し、7大会連続を含む通算12回の総合優勝の実績を残すことにより、世界中にパジェロの名をとどろかせることになりました。
しかし残念ながら会社の経営難によりパリダカを撤退し、現在はその姿を見ることはできませんがレース協議において培ってきた経験や技術が今の三菱の財産となっていることは言うまでもありません。

なぜパジェロは生産終了に追い込まれたのか

直近の年間販売台数は532台と決して売れている数字とは言えないほか、歩行者とぶつかった時にダメージを和らげるボディ作りが求められている中(歩行者衝突保護の法規制)その適合が難しくなるとの理由で生産終了となるようです。
また重厚感のあるボディゆえの燃費性能の悪さやコンパクトSUVの普及により居場所をなくしていった感もあります。
しかし生産終了となるのは国内のみであり、国外用には引き続き生産されるとのことです。

2. 名車が生産終了となる理由や背景の考察

ここまでで2019年に生産終了となるクルマを5車種取り上げましたが、どの車にも共通していることがあります。
その一つが販売台数の減少です。
例えば環境性能や燃費などで時代の流れに取り残されたり、徐々に販売台数が減少してきた時点でテコ入れが上手にできなかったなどの理由が考えられます。
ある情報によると1車種を年間6,000台以上販売できないと人件費や工場のラインを維持するための経費をまかなうことができないと言われておりメーカーとしては赤字の出る部門や車を切り離し、できるだけ損失を作らないように改善していかなければいけないので採算が取れない車種の生産を打ち切るというのは当然のことなのかもしれません。
しかし過去に一世を風靡したりその車の歴史を考えると、ばっさり切り捨てるという判断もしにくいと思うので悩みの種となりそうですね。

もう一つはライバル車との関係性で、これには自社の車も含まれます。
例えばこの記事でも紹介したエスティマは、アルファードやヴェルファイアというライバル車が社内にいますし、エルグランドやオデッセイといったライバル車も社外に存在しています。
販売台数を伸ばすにはライバル車より優位に立てる部分を活かしながら上手に戦い抜いていくしかなく、販売戦略がうまくいかないと、あっという間に取り残されてしまうほど厳しい競争が繰り広げられています。
これはお互いが刺激し合うという面では良いのですが、一歩間違えると共倒れや自社の中で顧客を奪い合うという状況も生まれる可能性があり本当に難しい問題です。

生産終了の知らせを耳にするときは悲しい思いもありますが、メーカーの戦略や事情などを考えるとしょうがないところもあるのかもしれません。

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